少し昔、そうですね、昭和三十年代から四十年代前半の頃、庶民の多くが本当にまだ貧しかった頃の事です。この頃の漫画や映画では生きていく事の苦しさ、何とかして毎日生きていく事の困難さがよく描かれていました。登場人物の服装も食事も極端に粗末でした。子供の遊びにお金を遣うシーンが殆ど出てきません。男の子であれば缶蹴りだとか魚釣りだとか、そういったものだけでした。大人も背広を着ていますがよく見ると繕いがしてあったり、ズボンのポケットから直(じか)にピーナッツを取り出して食べている、そんな感じでした。住んでいる家は暗く、電灯一つ。裸電球の場合もよくありました。そしてそんな中に暮らしながら父親や母親が優しかったり自分の気持ちを分かってくれる友人が救いであったりしたのです。私は子供の頃そういう暗い部屋の生活を体験していて別に人生に希望が無いなどとは思いませんでした。私には良い両親が居てくれたのでそれだけで既に十二分に幸せだといつも思っていました。
けれども今、この現代、あの貧しかった暗い時代に比べて『希望』が増したでしょうか。現在の私には幸い妻子が居てくれます。けれども私が私の息子の将来を思って安心出来る要素があの昔の頃に比べて増えているでしょうか。逆ですね。不安の方が増しています。あの白黒の時代の方が暗かったのに希望を抱くに易かったのです。現代の方が明るいのに、明らかに人間同士が繋がりにくくなっています。繋がろうと腕を伸ばすと訝しく奇異に思われます。そんな事があの時代に想像出来たでしょうか。
気味の悪いものが増えていきます。そしてその気味の悪さは確実に人間同士のしっかりした繋がりを『嫌がる』のです。私はこの先の時代を父母から受け継いだ私らしさを発揮して本当に生きていけるでしょうか。そんな事を思います。