雅峰生の手紙

私が妻や友人に宛てて書いた郵便から

手紙の過去分は順次当サイトから削除して『断章』としてまとめ、
『小説家になろう』に掲載後、 Kindle で電子書籍化しています

5746-備後落合

山の中の淋しい駅だ。昔この駅には、毎日毎時間、汽車が到着してはまた発車していった。駅員もお客さんも沢山居た。駅前には二つの旅館があった。人の流れがあったのだ。しかし今は必要とされなくなって、日に十本かそこらの普通列車がやって来るだけになってしまった。最早誰も居ない。風が山の間を渡る音と、小さな川の流れる音、そして思い出した様に啼く鳥の声だけが、この駅に響く音だ。

20220430備後落合3

息子よ。御前にはまだ判らないだろう。それで可(い)い。御前はまだ小さいからな。けれども御前が大きくなったら、人に見捨てられた斯(こ)ういう場所をこそ訪ねるのだぞ。斯(こ)ういう所にこそやって来るが良い。そしてもう人が誰も居なくなった場所に立ち、遠い昔、その場所で営まれた人間の活動とその想いに心寄せるが良い。何故といって、そういう時にこそ、人には他人の心の声が聞こえるからだ。そういう時に、人の心は深くなるからだ。御前が深い人生を歩く事が出来る様に、お父ちゃんは祈っている。