雅峰生の手紙

私が妻や友人に宛てて書いた郵便から

手紙の過去分は順次当サイトから削除して『断章』としてまとめ、
『小説家になろう』に掲載後、 Kindle で電子書籍化しています

手紙

6146

生きているというのに、毎日の暮らしの中で涙を流す事が無い。そんな事があり得ますか。あって可(い)いものでしょうか。私には信じられません。呼吸せずに或いは何も食べずに生きている様なもので、その様を想像出来ないのです。貧しいなどという言葉で表…

6145

漫画家と小説家とでは少々事情が違うかも知れませんが、手塚治虫ですら編集担当から『それではいかん』とか『こうしてくれ』とかの注文がついたそうです。私など編集者からそんな事を言われたら、私はベートーベン宜しく、「貴様の為に書いてるんじゃないっ…

6144

全く、チャップリンの映画を見ていると貧乏が怖くなくなりますね。『キッド』にしても『犬の生活』にしても。いや勿論映画の中の話ですからそれは決して現実ではなく、本当にあんな赤貧極貧の中に生きるならば途方に暮れて唇を噛み空を見上げる時だってある…

6143

蒸気機関車の牽引する客車列車の場合、隧道(トンネル)を通過する度に窓を閉めなければなりませんでした。窒息し衣服を台無しにする煤煙が窓から濛々(もうもう)と侵入して来るからです。肺病患者等、本当にそれで死にます。車内は『窓閉めろおっ!』の怒…

6142

自分の幸福には誰かに愛されている事が必要でしょうか。そんな気もします。いや、それが絶対的な条件である様な気もします。しかし自分が誰かを愛し大切にしている事には及ばないとも思います。自分が慈愛愛情を惜しみなく注ぐ、それをして後悔の無い、それ…

6141

立派なスーツを着込み、身嗜(みだしな)みを整えて速足で歩くビジネスマン。上手に世の中に溶け込んでいる様に見えます。この世を生きる事は彼にとって左程の困難でない様に見受けられます。収入もある程度あるのでしょう。何を食べようかと考える事も、彼…

5760

何気無い一瞬に、非常に魅力的なシーンがあります。如何なる要素が加わっているならばその魅力が具わるのかは説明出来ません。しかし其処(そこ)にその魅力が在る、厳然と在る事だけは、疑い様がありません。感じる、と謂うよりも、判然(はっきり)と見え…

5746-備後落合

山の中の淋しい駅だ。昔この駅には、毎日毎時間、汽車が到着してはまた発車していった。駅員もお客さんも沢山居た。駅前には二つの旅館があった。人の流れがあったのだ。しかし今は必要とされなくなって、日に十本かそこらの普通列車がやって来るだけになっ…

5740-備後落合

前夜、よく眠った筈なのに、昼間の行程が眠い。矢張旅先だからか。特に長く歩いている訳ではない。しかし矢張心が緊張し、昂(たかぶ)っているからか。列車に乗ると、復路必ず眠ってしまう。クロスシートだと嬉しいのだが、ロングシートなので眠りにくい。…

5738-備後落合

収支が悪い鉄道の線区が発表になり、廃止前にと、遂に家族で一泊旅行に出掛けました。奥さん子供を連れて、一日中列車に揺られる旅です。新幹線と特急列車には別段何かの面白味があった訳ではありませんが、その先の支線がもう言語に絶する魅力でした。現役…

5684-梅小路

御前は時々、話しながら自分で泣く様になったな。お父ちゃんもいずれは死ぬ、お空に帰るという事を知って、それで泣く様になったな。御前が生まれる前は御前は透明人間で存在していて、お父ちゃんの若い頃の事も見ていたと言うね。その、お父ちゃんがまだ若…