手紙
私は本当に在るのか無いのか判らない様な希薄な人間関係に頼りません。寧ろそれを自分の生活の中から力尽(づ)くで削(そ)ぎ落とす事を潔(いさぎよ)しとする者です。どうせ頼る事の出来ぬもの、そんなものを自分の生活の周辺に幾つも置いていて、それで…
誰かが自分の名をあげる為に為(な)した行為に感動出来ません。その実現の為に払った絶大な努力があっても、却ってそれは恐ろしいものの影を伸ばしている執念を感じさせます。何かをしたい、何が何でもそれをしたい。そういう欲求が誰か自分以外の人の為で…
家で独り家族の帰りを待つ者の忍耐、努力を軽く見てはなりません。その尊きは比べるものが無い程です。人間をこの地上に生かす程の愛情ではありませんか。他の何にこの尊きを見出す事が出来ますか。私は一度として母からこの意味の言葉を告げられた事はあり…
昔、子供の頃、大切なものを見失った気がします。ところが不思議な事にその私が見失ったものというのはそれ以降絶対に私の手の届かない所に行って仕舞ったのではなく、いつも私の直ぐ近くに在るままの様な気がするのです。直ぐ近くに在るのに、私が大切な事…
多分、幸運に拠って裏付けられた順境の道を進んでいる時に人の心に本当の平安は無いでしょう。それが幸運に拠って支えられている事実を他の誰でもない自分自身が知っているからです。それを享受する資格無くして自分のもとにやって来た幸運は、また突然挨拶…
クリスマスに山下達郎の『クリスマスイブ』を聴きました。動画だったので映像もありましたが。綺麗な旋律と切なく美しい歌詞。矢張この歌は良いですね。でも聴いていて或る事を思いました。それを率直に言いますね。映像は、好きな男性との待ち合わせに急ぐ…
何気無い一瞬に、非常に魅力的なシーンがあります。如何なる要素が加わっているならばその魅力が具わるのかは説明出来ません。しかし其処(そこ)にその魅力が在る、厳然と在る事だけは、疑い様がありません。感じる、と謂うよりも、判然(はっきり)と見え…
山の中の淋しい駅だ。昔この駅には、毎日毎時間、汽車が到着してはまた発車していった。駅員もお客さんも沢山居た。駅前には二つの旅館があった。人の流れがあったのだ。しかし今は必要とされなくなって、日に十本かそこらの普通列車がやって来るだけになっ…
前夜、よく眠った筈なのに、昼間の行程が眠い。矢張旅先だからか。特に長く歩いている訳ではない。しかし矢張心が緊張し、昂(たかぶ)っているからか。列車に乗ると、復路必ず眠ってしまう。クロスシートだと嬉しいのだが、ロングシートなので眠りにくい。…
収支が悪い鉄道の線区が発表になり、廃止前にと、遂に家族で一泊旅行に出掛けました。奥さん子供を連れて、一日中列車に揺られる旅です。新幹線と特急列車には別段何かの面白味があった訳ではありませんが、その先の支線がもう言語に絶する魅力でした。現役…
御前は時々、話しながら自分で泣く様になったな。お父ちゃんもいずれは死ぬ、お空に帰るという事を知って、それで泣く様になったな。御前が生まれる前は御前は透明人間で存在していて、お父ちゃんの若い頃の事も見ていたと言うね。その、お父ちゃんがまだ若…